中学生が主人公、青春小説の傑作を読みました。
駅伝メンバーのそれぞれの想いが深い物語となっている、
『あと少し、もう少し』。
感想や見どころを書いていきます。
あらすじ
陸上部の名物顧問が転勤となり、代わりにやってきたのは頼りない美術教師。
部長の桝井は、中学最後の駅伝大会に向けてメンバーを募り練習をはじめるが……。
元いじめられっ子の設楽、不良の太田、頼みを断れないジロー、
プライドの高い渡部、後輩の俊介。
寄せ集めの6人は県大会出場を目指して、襷をつなぐ。
あと少し、もう少し、みんなと走りたい。
瀬尾まいこさんについて
1974年1月16日生まれ。
大谷女子大学卒業。
2005年から2011年までは中学校で国語教諭として勤務する傍ら
執筆活動を行っていた。
代表作
『卵の緒』(第7回坊ちゃん文学賞大賞)
『幸福な食卓』(第26回吉川英治文学新人賞)
『戸村飯店 青春100連発』(坪田譲治文学賞)
『そして、バトンは渡された』(第16回本屋大賞)
『優しい音楽』(テレビ東京新春ドラマスペシャル2022年1月7日放送)
など。
他にも多数。
感想・心にのこった言葉
部長の桝井、内気な設楽。
桝井に憧れる後輩の俊介が陸上部の駅伝メンバーだが、
駅伝は6人で走ります。人数が足りません。
不良の太田や吹奏楽部に所属するクールな渡部。
明るくて人に頼まれたらなんでも引き受けてしまうジロー、の3人を
部長の桝井はスカウトしてきました。
この六人で駅伝メンバーとして走るのです。
「1区」「2区」というように章が分かれており、
その区を走っている人物が駅伝を走りながら、
練習での出来事やメンバーの勧誘、壮行会での事件などを
回想していきます。
同じ出来事を別々の視点で見て気持ちを知ることで、
自分が暗い気持になった出来事でも、他の人は必ずしもそうでなく、
別の気持ちや希望を持っているのかもしれないということが見えてきます。
不良の大田のとても傷つきやすい気持ち、
設楽のさりげない周りへの配慮。
渡部の「みんなと同じでいたい」という気持ちからくるプライド。
俊介の、桝井に対する気持ち。
表面だけ見ていては決して分からない事が、
さまざまな視点で描かれることで深みのある物語になっています。
特に中学生や高校生の思春期特有の気持ち、
苛立ちといったものがよくわかるなあと思いました。
誰も間違ってはいないけど、痛々しい。
『あと少し、もう少し』p211
つくろっているのは、俺だけじゃないんだ。
誰だって、本当の部分なんて見せられるわけがない。
生きていくってそういうことだし、集団の中でありのままでいられるやつなんていない。
何が普通で何がいいのか分からない。
『あと少し、もう少し』p225
だけど自分の置かれている環境をさらけ出せるほど、
おれは強くなかった。
ありのままの自分でいいなんて、恵まれている奴が使う言葉だ。
ぼんやりと広がる雲は、取り除かれたりはしない。
『あと少し、もう少し』p278
僕は何かを明かしたわけではないし、何も開けてもいない。
でも、僕の奥底にほんの少し触れた人がいる。
それはやわらかい光をもたらしてくれた。
駅伝、走っている時は一人なんですよね。
だけどそれぞれの想いの詰まったたすきを渡し気持ちがつながっていくことで、
一人じゃないということも事実であると思い知らされる物語でした。
個人的には、陸上素人顧問の上原先生がとても好きです。
ぽけーっとしていそうで、的外れなようでいて
でも実はすばらしい観察眼でいろんなことをクリアしていく。
憧れるなあ。
更に、三浦しをんさんの解説がとても良くて、
まさにこのとおりと何度もうなずきながら読みました。
私たちが生きる世界は、複雑さを秘めている。
『あと少し、もう少し』p360 あとがきより
私が感じ、信じている世界は、あるひとにとっては真実ではない。
必然的に、理解しあうのも感覚や考えを分ち合うのも難しい。
でも、そのずれにこそ、救いもあるのだ。
私が絶望を感じているとき、同じ場所にいるだれかは明るく未来を信じているかもしれない。
そしてその明るさで、「そんなところでうずくまってなくていいんだよ」と、
希望の世界へ引っぱりこんでくれるかもしれない
吹奏楽部の渡部君が演奏している「カヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲」という曲は、
私も演奏したことがあります。
とても美しくて広がりのある名曲です。
もし聴いたことがない方は、この本を読む前に聴いてみてください♪
駅伝のクライマックスをさらに楽しめること間違いなしです。
作曲者の意思を感じ、音を紡いでいくのと同じように、
それぞれのメンバーの気持ちを感じ走り、襷をつないでいく。
人間は一人のようでいて一人じゃなくて。
今この瞬間にも、誰かが誰かを想っているんだなあと思います。
それぞれがそれぞれの場面で思っていることに思いをはせながら、
今すぐまた最初に戻って読みたくなりました。